2015年8月28日金曜日

「共感」の罠にはまらないために(後半)

※ この記事は、WEBメディア“Mindful”内の記事http://www.mindful.org/how-to-avoid-the-empathy-trap/の後半を和訳したものです。前半の訳はこちらです。ご自身の瞑想やマインドフルネス活動の参考にしてください。


誰かの感情を自分の感情よりも優先させることは、人生経験において重要な一部となるでしょう。ただしそれは継続的にではなく、あくまで一時的なものである場合のことです。うまくいっている大人同士の関係には、共感の流れが相互にあります。パートナー間の関係において、2人は均等に力を持ち合い、お互いが与える側と受け取る側の間を行ったり来たりします。しかし、もしどちらか一方に与える役割が偏ったら、怒りの感情が生まれるでしょう。

ジェンダー(社会的性差)に基づく教育は、共感における不均衡を助長する可能性があります。争うために「立ち上がる」ことを奨励されてきた男性は、過度に支配的になるか、逆に、誰かの強い感情に直面したときには、上位に立つか降参するか以外の反応する方法を知らずに引きこもってしまうかもしれません。一方、多くの女性が、共感すること自体がいかなるときも適切な行為である、と信じるように育てられ、やがて共感は彼女たちが他者へ反応するときの確固たる基本姿勢となっていくのです。共感的な人々への高い評価は、彼らが自分自身の感情を無視しているかもしれない、という事実をあいまいにしています。

力関係が平等でない状況では、共感のやりとりにおいても相手との不均衡を作り出します。ストックホルム症候群のような極端な例で考えてみましょう。ストックホルム症候群は、人質が彼らを捕えた犯人にやがて忠誠心と共感を示すようになる状態をさします。救助の際に、解放された直後の人は犯人の行動への理解を示し、ときには彼らとの関係をこのまま維持したい、彼らに尽くし続けたいという願望さえも示すことがあります。暴力を振るわれた女性や虐待された子どもは、しばしば彼らを虐待する人間との間にストックホルム症候群と同様の感情的な結合を形成します。

残念なことに、力のアンバランスが著しい関係においては、弱い立場の人間が高い立場の人間の要望をより優先させる傾向が強くなります。そのような行為は、彼らにとって関係を維持する助けとなります―でもその分彼らは、自ら人生の決裁権をなくす計画実行者になるという代償を払っているのです。

介護の最中のように、状況によっては、誰かの欲求に集中する必要があります。そのような状況は、人の共感能力に大きな負荷をかけがちです。全ての介護者にとって、彼らと同じように彼らを援助できる人からのサポートを見つけるのは重要なことです。

罠にはまった状態からバランスの取れた状態へ


共感の罠にはまっていないかどうか、どのようにチェックしたらよいのでしょう。以下の質問に1つでも「はい」があったら、危険信号が点滅している状態です。

・自分自身の感情よりもパートナーの感情について考えることに、より多くの時間をさいている

・口論の間、自分の言いたいことを脇に置いて他の人が話す内容に集中している

・自分の好きな誰かが落ち込んだり傷ついたりしているとき、相手の感情が自分のもののように
  感じられ、その感情の渦に巻き込まれたような気持になる

・口論が終わった後も、他の誰かが口論の最中に言ったことに頭がいっぱいになる

・誰かの言動で落ち込んだとき、自分自身の感情よりもその人の事情の方に重点が置かれて
 いないかどうかを考えるより、なぜその人がそんなことをしたのかを解明する方に多く時間を費やす

過度な共感を統制するには、感情的な知性が必要です。その基礎となるスキルは、自己認識です。あなたは、自分自身の欲求を探り、満たすよう常に心がける必要があります。あなたが自分自身の欲求について考えることに慣れていない場合、自分が欲求を持っているということにさえ気づくことができないかもしれません。何かのきっかけで共感が喚起されたら、どんなときでもそれはあなた自身の感情へスポットライトを当てるためのシグナルだととらえてください。少し止まって(深呼吸が役に立ちます)、あなた自身の中にチェックインしてください。「私は今何を感じている?」「私は今、何を欲している?」

自分自身の欲求がわかるようになると、あなたは、他人にどれぐらい与えるか、自分自身のためにどれぐらい要求するかを意識的に決めることができるようになります。もちろん、他者の欲求に対してマインドフルな姿勢を持った人々との関係を育むのにも役立ちます。自分自身の欲求に対してアクションを起こすことは、セルフマネジメントのスキルにもつながります。他の人の激しい感情、とりわけネガティブな感情に巻き込まれそうな自分に気づくことができたら、すばやく適切な距離を取ることができます―必要に応じてその感情から自分自身を隔離することさえできるのです。

共感の高まりによる混乱した感情をマネージするためには、コミュニケーションの方法を変えるのも有効です。例えば、あなたのパートナーが、彼の上司にひどくイラつきながら家に帰ってきたとしましょう。でもあなたは、彼の愚痴に耳を傾けたり、彼の気分を良くしてあげたりするには自分があまりにも疲れ切っていると感じています。そういうときには、今は期待に応えられないということをはっきり伝えましょう。「そのことについてあなたと話したいのはやまやまなんだけど、今夜はやめましょう。私は今日自分のことでくたくたなの。明日ちゃんと話をしない?」

共感性の高い人々は、他者の感情に気づくことが得意です―ですが、他者の感情を正しく解釈することは必ずしも得意ではないのです。彼らはもしかしたら、誰かが特定の感情を持っていることについて、自分で勝手に正しくない物語を作り出すかもしれませんし、彼らの内から湧き出てくる感情にはまり込んでしまうかもしれません。それを避けるために、一旦立ち止まって、あなたの解釈を脇に置き、観察することによって明確にチェックしてからこの言葉を言うことにしましょう。「うわあ、それは本当に重要そうだね。その話もっと聞かせて。」

あなたがいつもと違うふるまいをしていることについて周りの人に理由を聞かれたら、この変化についてオープンに話しましょう。「ときどきあなたの感情にものすごく入り込んでしまって、自分で自分の感情がわからなくなっちゃうの。だからもうちょっとバランスをうまく取れるようトライしてるところなんだ。」他の人の気持ちを傷つけないかと心配しないでください。もしその人があなたに共感を抱いてくれているなら、こういった会話はより親密なつながりをもたらすでしょう。

自分の感情をしっかり把握しながらも同時に愛する誰かを大切にできていることを確認する1つの方法は、過剰な共感を慈悲心に変えることです。友人が心かき乱されているときに、その心の痛みを自分自身のものとして想像する代わりに、一呼吸置き、一歩離れたところから状況を見て、それから言うのです。「それはひどい。あなたのために、何かできることはある?」

感情的な知性は、常に自分自身に共感的であることを要求します。逆説的に聞こえるかもしれませんが、自分自身に共感的であることが、自分が愛する人たちのために存在することをさらに可能にするのです。京都の寺院である三十三間堂からヒントを得ることとしましょう。三十三間堂では、慈悲の心を持った千体の観音が荒々しい二十八部衆によって守られています。古代の人々は、共感や慈悲心や親愛の情は、特別に守る必要があるものだということを知っていたのです。

<おわり>


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