2015年8月9日日曜日

【TAOサバイバル】 90年代の小室ブームを東洋思想で解き明かす


先日久しぶりに、小室哲哉をテレビでみた。
小室ブームは1990年代後半すごかった。
いまは、その残骸しかないが…

ブーム・流行とはなんだろうか?

Wikipediaには、以下のように書いてある。




1994年のTMN終了前後から、観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美、安室奈美恵など、多数の作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任して行った。 
1994年から1999年の間に数々のミリオンセラーやヒット曲を打ち立て、各メディアにおいて「小室ファミリー」、「小室サウンド」、「小室系」といった名称でカテゴライズされる少年時代からの夢だった小室ブームという社会現象を起こした。ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本)の丸山茂雄が小室のプロデューサー活動を支援するためにアンティノスレコードを設立し、マネジメント業務もアンティノスマネジメント(現:ブルーワンミュージック)に移管した。 
1995年から4年連続でプロデュースした曲が日本レコード大賞を受賞‬。この年にマネジメント業務をエイベックス子会社のプライムディレクション(現:エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ)が設置した「TKルーム」に移管した。‬‬
1996年4月15日にはオリコンシングルチャートにおいてプロデュース曲がトップ5を独占した‪


@Wikipedia


皆さんは、流行をどうお考えだろうか?

流行と言えば、ヒットソング、女性のファッション、流行語がすぐに思い浮かぶと思う。

流行にTAOの法則があるといったら、どうだろうか?

流行とは、センスのいいデザイナーやセレブな有名人が創りだすものと思ってはいないだろうか?

確かに、1回や2回はインスピレーションや運によってヒットを生み出すかもしれない(それもすごいことだけれども…) しかし、ビジネスベースに乗った瞬間に多くの人を巻き込み、その人たちの生活費を稼ぐビジネスになる。
今日は、気が乗らないとか、イメージがわかないとか言っていられなくなる。


そのとき、デザイナーや有名人の関心事は何か?
如何にお客様(お金を払ってくれる人)が次に求めているのは何か?を読み取れることだ。TVプロデューサーであれ、JPOPアーティストであれ、企業の商品開発の担当者であれ、考えることはズバリ


‘何が受けるのか?の一言である。


では どうやって、流行を見抜くか?
その答えは、3つある。


陰陽の
—循環(先取り)論
—補完中和論
—極陽極陰論


循環論は、まさに春夏秋冬のごとく循環する季節の先どりのことをいう。

春の次は夏、夏の次は秋、秋の次は冬、冬の次は春といった先取りをいう
お洒落というものは先取りが基本であるから、春の後半に洒落っ気のあるひとは、半袖、薄着、白、青、と夏を連想させるものを着る。


補完中和論とは、色で言えば、黒に対して白、黄色に対して青紫と補完する色である。
これを補色と言ったりもする。
夏に冷たい物を食べる、冬に鍋を食べる、これも補完中和だ
こうやって、人間はバランスを取っていく


陰陽の極陽極陰論とは、老子のいう陰極まりて陽になる。
陽極まりて陰になるということだ。今年のように猛暑の時、生ビールもよいが激辛のもつ鍋を食べて、ガーッと汗をかいて涼しくなる。まさに、陽極まりて陰となる だ。
最近は、CDがインターネットの配信やYouTubeの為に売れなくなり、アーティストがLIVE活動を主力にしているが、夏のフェスもまさにそのたぐいだ。


小室哲哉の話から始まったこのブログだが、なぜ、彼が1995年から1998年頃までブームをおこしたのか?
浜崎あゆみ一人ならわかる。
ほとんどパターン化されたメロディ、複数の女性アーティストとダンス、カタルシスを求めるような女性の甲高い叫びを きっと時代が求めていたんだろうと思う。

1995年から98年はどんな時代だったのかをみると:

1995年:阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、Windows95発売
1996年:橋本内閣発足、アムラー、援助交際
1997年:酒鬼薔薇事件、東電OL事件、消費税導入、北海道拓殖銀行破綻、山一証券自主廃業、失楽園、もののけ姫、プリウス発売
1998年:長野オリンピック、金融ビックバン、
1999年:日銀ゼロ金利、アジア金融危機、AIBO発売、ドコモImode開始ガングロブーム


30代半ば以降の方なら、これだけであの重苦しい時代のことを思い出すのではないか?

この時代はまさに冬の時代、昭和天皇崩御、バブル崩壊から続く日本のエネルギーの減少(四季でいうならば、晩秋から冬にかけての季節だ)

※蛇足だが、私は国家は60年周期で回る考えている。この時代は晩秋から冬への時代で大きく人々の気持ちが、実りの秋から迫りくる冬の時代のへの中で変わってきた時代と言える。(陰陽60年周期はまたの機会に書くことにする)


この時代、大きく分けて、3つの人(気持ち)が存在した。

①迫りくる冬の時代の準備とその不安(循環(先取り)論
②楽しかった夏、実りの秋が忘れられず、減少するエネルギーをなんとか補填しようとする人々(補完中和論)
③冬の時代にどっぷりつかり、陰のエネルギーを持つスピリチュアル、さらに超人的な救世主を求めたり、猟奇的反社会的行為に共感する人々(極陽極陰論)



さて、小室哲哉に話を戻そう。


ヒットとは何か?

ヒットを出すためには、多くの人がお金を出して買わなくてはならない。
音楽であれば、世代的には、10代から20代がメインであろう。
この世代の人間は、中年以降の人間に比べ相対的にエネルギーが溢れている
(最近はそうでもない若者も多いと聞くが・・・)

そうしたら、おそらく②の選択を無意識に求める人が多数いても不思議ではない。
小室現象は、陰陽の補完中和だったのである。(その中でアムラー、ガングロ現象もうまれた)
ちなみにプリウスは、出口の見えない不況の世相の中で、幅い広い層(多くの国民)の節約(消費税も導入され)による陰陽の循環先取りだったのである。

③の選択者は、おそらく人生の先も見えてきている中高年、エリートコースをきたもの出口の見えない世相のなかで、スピリチュアルや情死と言ったものに憧れたのであろう。実際、当時の企業の役員会の話題は渡辺淳一氏の失楽園の連載の話が多かった。

長々と書いてきたが、流行とは、その名のとおり、氣が流れて行くところを探ることだ。
小室哲哉は、次第に暗くなっていく冬の時とそれに逆らい時間を逆にしようとする若者の気持ちの交錯したものだったのであろう。


小室哲哉自身が決して陽性のタイプでないところが面白い。

TAOは森羅万象を解き明かす。

これから、猛暑をさけて山のほうに行こうと思う。


・・・

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