2015年12月19日土曜日

心の平静さ(後半)

この記事はEquanimity (adapted from a talk by Gil Fronsdal,May 29th 2004)の後半を訳したものです。(前半はこちら)ご自身の瞑想やマインドフルネス活動の参考にしてください。



平静さの3つ目のサポートとなるのは、十分に育まれた心です。私たちはジムで身体的な強さ、バランス、安定性を鍛えますが、それと同様に内面的な強さ、バランス、安定性も育むことができるのです。これは、穏やかさ、集中力、そしてマインドフルネスの感覚を養う練習により可能となります。心が穏やかなとき、私たちはより世間の風に吹き飛ばされにくくなります。

4つ目のサポートは健やかさの感覚です。健やかさの感覚を放っておくことはありません。仏教では、健やかさの感覚を育み伸ばすのは適切で役に立つ行いだとされてきました。私たちは、日々の生活で簡単に得られる健やかさの感覚を見落としがちです。日常生活の中でお茶をゆっくり飲む、あるいは夕焼けを眺めるといった時間を取ることでも健やかさの感覚を学ぶことはできるのです。

平穏さの5つ目のサポートとなるものは、理解や知恵です。知恵は、どのようなことが起きても思考や感情の委縮や抵抗なくあるために、心を開いて受けとめる感覚を学ぶのに重要な要素です。知恵は私たちに人々の存在と行動を切り離して見ることを教えます。私たちは彼らの行動に賛成でも反対でも、彼らとの関係においてバランスを保つことができるのです。同時に、私たち自身の考えや欲求が私たちの個性に関係ない、コンディションによるものだということを理解することもできます。思考や欲求をそんなに自分固有のものだと捉えないようにすることで、それらが湧きあがってきたときにももっと楽な気持ちでいることができるでしょう。

平静さを支えるための別の知恵の使い方は、他人の苦難に直面したときにも心に平静さを見出す助けとなる、人は自身の決定に自身で責任を持っているということへの理解です。私たちは、彼らの幸運を祈りつつ、自分が彼らの幸せの責任を負っているという間違った感覚により生じる苦悩を避けてもよいのです。

より容易に平静でいられるために知恵を使う最もパワフルな方法の1つは、平静さを欠いたときにマインドフルでいることです。バランスを失わせるものごとに対しての自分の正直な感覚を認めることは、いかにバランスを見出だすかを学ぶ助けとなります。

6つ目のサポートは洞察、ものごとのありのままの本質を鋭く見抜くことです。洞察において最も重要なものの1つは、無常観です。この洞察を極めると、私たちは、ものごとはすごい速さで変化するので私たちがずっと保ち続けられるものは何もないことを理解し、最終的に執着を手放すことができるようになります。手放す感覚は平静さをもたらします。思い切って手放せば手放すほど、深く平静さを得ることができるのです。

最後のサポートは、私たちができごとに過敏に反応するくせを手放すことで得られる、自由の感覚です。私たちは、以前自分の心が反応したものごとに今の自分がもう反応しないことに気づいたとき、この感覚の意味するところを理解することができます。例えば、10代のころに私たちをひどく混乱させたことがらが、大人になった今ではもう心に何の反応も引き起こさないことがあります。仏教の実践では、人生の中で心が自由でいる領域を広げるためにさまざまなことを行います。


1つは観察力、もう1つは心のバランスがもたらすこれら2つの平静さのかたちは、マインドフルネスの実践で一体となります。マインドフルネスの感覚が強まるにつれ、平静さの感覚も確かなものとなります。私たちは大いなる自立と自由の感覚を持ってものごとを見るようになるでしょう。そして同時に、平静さはものごとの渦中にいてもバランスを保ち続けられる内面の強さとなっていくはずです。
<おわり>

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